そもそも彼にしてみれば、脅迫されて来たようなものだ。
来なければマンションは即座に解約するなど言われれば、瑠駆真としては従わざるを得ない。
自分の無力さを痛感させられる。
美鶴の部屋にしたって、瑠駆真が自分で用意したワケではない。
無力な自分。
気にすることはないっ! 利用できるヤツは利用すればいいんだ。
そう叫ぶ自分は、ただ己の無力さをごまかしているにすぎない。
わかっている。
無力な自分も、卑しい自分の存在にもわかっている。
変えてくれるのは、美鶴だけ。
ひたすら、休みが明けるのを待ちながら過ごす日々。
用事があって東京へ来たワケではない。夏休みの課題はもう済ませてしまったし、瑠駆真には趣味と呼べるものもない。
外出や人ごみはあまり好きではないが、さすがに二週間もホテルの一室に軟禁されていると、退屈してくる。
あれは軟禁だよな。
勝手に愛知の自宅に帰ってしまうのではないかと心配して、常に瑠駆真の部屋は誰かが監視しているのだ。一種の軟禁状態だと言っても、間違いではないだろう。
少なくとも瑠駆真はそう思っている。
ここまでするか?
ミシュアルとメリエムの目的は明らかだ。日本に来たついでに逢いたかったから… そんなモノは口実でしかない。なんとしても再びアメリカへ、やがてはラテフィルへ連れて行きたがっている。
なぜ?
一緒に東京見物でもしたいね、などと言っていたミシュアルだが、なかなかそんな時間は取れない様子。一度、夜の東京タワーへあがって、夜景を見たくらいだ。
「ニューヨークや上海なんかも明るいけど、東京の夜景も綺麗だね」
ミシュアルが言うには、ラテフィルも首都ならそれなりに綺麗な夜景が見れるのだと言う。だが、少し走れば砂漠と荒涼とした大地が広がり、夜は闇に包まれる。
「でもね、星が綺麗だよ」
ラテフィルへ行ったことはない。呼ばれても、行きたいとは思わない。
自分を疎ましく思う人間たちの国になど、行ったところで意味はない。
僕は日本人なんだから。
無造作にポケットに手を突っ込むのと同時に、人影が目の前を横切る。
ドンッ
「あ、ごめんなさいっ! ごめんなさいね」
相手は丁寧に、一方的に謝って、足早に去っていった。
「よそ見してるからよ」
呆れたようなメリエムの言葉も、半分しか耳に入らない。
それほどに奇抜な相手だった。
明らかにカツラと思われる金髪を被り、なんとも露出度の高い上下の衣服。それも、無駄に装飾が多く、とても普段着だとは思えない。
それに、あの手に持っていたものは何なんだ?
まるで魔法使いが振り回す杖のような代物を、大事そうに抱えていた。
呆気にとられながら周りを見てみる。
…………………
ここって、日本だよね? あの人は日本人だよね?
絶句している瑠駆真の隣で、メリエムが面白そうに目をクリクリさせた。
「すごいっ 私、コスプレって生で見るの初めてっ」
先ほどの相手に負けず劣らぬ奇抜な輩が、あちらこちらで談笑中。暑さに負けぬ熱気が立ち込め、その異様さにクラクラする。
どうやらここで、彼らのイベントか何かが行われるのだろう。
見上げる建物には、壁に大きな文字で『ROUND360MAX』と書かれている。
変なところに出くわしてしまった。同じ類の輩だと、思われたくはない。
目をキラキラさせて携帯で写真を撮るメリエムを尻目に、早々に立ち去ろうとしている視界に、一つの人影。
あれ?
なんとなく、目で追ってしまった。
周りがあまりに奇抜だから、普通の服装をしている人が目立ったのだろうか?
その後ろ姿にしばらく首を捻り、だがやがて、あっと小さく声をあげる。
確か、聡の義理の妹で…… 緩とかって名前だったはずだ。
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